2012年03月01日
環境修復の時代(平成8年頃~)
奥川の魚類の減少に地域の住民が気づきはじめた頃、名護市の源河川では、「源河川にアユを呼び戻す会」が結成(昭和61年:1986年)され、沖縄における河川環境保全の取り組みが本格化します。
それから10年後の平成8年(1996年)、奥川の河川環境の改善を目指し、「奥川にリュウキュウアユを呼び戻す会」が結成されました。
こうした流れの中、奥川では、平成9年(1997年)~平成11年(1999年)に実施された河川工事によって落差工に魚道が設けられ、また、下流部は親水性に配慮した護岸に作りかえられるなどの河川環境の修復が行われてきました。
しかし、こうした部分的な修復だけでは十分な効果を得るには至っておらず、奥川には未だ多くの課題が残されています。
こうした課題に対し、市民やNPO、行政が協力しながら、総合的な河川環境の再生の取り組みが始まりました。

第3落差工の改良(多段式全面魚道への変更)

第1落差工の改良と下流側の親水護岸への変更
鯉のぼり祭りでにぎわう
それから10年後の平成8年(1996年)、奥川の河川環境の改善を目指し、「奥川にリュウキュウアユを呼び戻す会」が結成されました。
こうした流れの中、奥川では、平成9年(1997年)~平成11年(1999年)に実施された河川工事によって落差工に魚道が設けられ、また、下流部は親水性に配慮した護岸に作りかえられるなどの河川環境の修復が行われてきました。
しかし、こうした部分的な修復だけでは十分な効果を得るには至っておらず、奥川には未だ多くの課題が残されています。
こうした課題に対し、市民やNPO、行政が協力しながら、総合的な河川環境の再生の取り組みが始まりました。

第3落差工の改良(多段式全面魚道への変更)

第1落差工の改良と下流側の親水護岸への変更
鯉のぼり祭りでにぎわう
Posted by 奥川自然再生協議会 at 12:20
│奥川の変遷